「自分は自分の人生を生きていない」という感覚が、日ごとに強くなっていく。このまま10年、同じ生活が続くのではないか。仕事以外の自分の価値が、だんだん見えなくなっていく。休日は疲れて動けず、気力を回復しないままにまた翌週へ。
この記事では、私の経験を交えつつ、こんな負のルーティンからの脱出方法を考えていきます。少しずつ毎日を自分の手に取り戻していくために、具体的に行動していきましょう。

仕事で終わる平日という現実
まずお伝えしたいのは、こうした日々に不満やむなしさを覚えるのは、あなたの心が弱いからでも、甘えているからでもない、ということです。むしろ毎日きちんと会社に行き、仕事をこなし続けているあなたは頑張っています。当然のとことながら、あなたは報われるべきですし、幸せになる権利があります。
しかし、私たち従業員がどれだけ疲弊していようと、心から心配して、改善を考えてくれる会社は多くはありません。たいていの場合、「見せかけの保護」の中でもがくことになりますし、最悪の場合は無視されて終わります。そんな日々が続けば、自分らしく生きていくことは難しくなってしまいます。
仕事が中心となる生活の弊害
仕事中心の生活が続くと、具体的にどんな影響が現れやすいのかを整理してみましょう。
| 出やすい影響 | 背景にある感情 |
|---|---|
| 自分を見失う | ・仕事以外の自分の価値が見えなくなる ・会社の評価が人生の評価と錯覚する ・自分は何者なのかという問いが強くなる |
| 世界が狭くなる | ・新しい出会いや刺激がなく、世界が狭くなる ・会社の外の人間関係が希薄になる ・家族との会話がルーティン化していく |
| 心身がすり減る | ・毎日が同じことの繰り返しに感じる ・休日も疲れて動けず、気力回復できない ・新しいことを始めたいのに疲れて動けない ・不健康な生活だと感じる |
| 未来と目的が曇る | ・何のために働いているのかわからない ・逃げ場がない閉塞感 |
一つひとつは別々の悩みに見えても、根っこは「自分の時間と自分らしさが削られている」という一点でつながっています。これらが毎日続くうちに「仕方ない」と諦めるようになってしまってはいけません。人生をワクワク生きるためには明確に自己防衛線を引き、自分の人生を取り戻すことが重要です。
仕事の立ち位置を整理しよう
人生があって、仕事がある。この順番は、本来は自明の理のはずです。しかし、現実社会はこの真実に蓋をして私たちを惑わします。この真実が浸透してしまうと、生産効率を落としうるからでしょうか。その網に捕らわれた私たちは仕事最優先になれない自分を責めたり、他人から叱責を受けてしまいます。
「給料は嫌な事の我慢代」ではない
私が心から尊敬する上司の一人は、常々「給料は我慢代」というセリフを口にしていました。私は今でも彼を尊敬していますが、ここには価値観の相違があったと思います。より正確にいうと、仕事は楽な事ばかりではないという点には同意しますが、「理不尽でも我慢しろ」ならばノーとなります。
自分が社長だとしたら、人を雇って給料を払うのは多くの出費とリスクを伴います。よって、会社側が従業員にその対価に値する真摯さを求めるのは当然と思います。従業員は、仕事で強い緊張を強いられることもありますが、これは不可避の苦痛となります。この意味に限っては、給料は我慢代とも言えるでしょう。
かるろしかし、毎日深夜帯まで残業させたり、パワハラまがいの叱責や人格否定をしたり、そのようなことが許されるはずがありません。給料をもらっているからと言って、理不尽に耐える必要はないのです。
私たちは仕事のために生まれていない
生きていくためにはお金が必要ですし、社会とのつながりを持つためにも仕事は重要です。さらに言えば、例えば自ら起業した場合などは仕事が生きる意味になることもあるでしょう。しかしながら、一般的にはサラリーマンであることが生きる意味になることはないでしょう。
意図的に手を抜くなど、サラリーマンとして倫理的に間違っていないならば、あとは社会が、世間が、常識が、上司が何と言おうと気にする必要はない、と言うのが今の私の考え方です。であるからには、一週間のうち5日も仕事以外に出来ることが無いという状況は明らかに問題があり、改善する必要があります。


仕事中心となってしまう原因
毎日が仕事中心になってしまうのは、仕事のウェイトが重くなっているから。より具体的には、仕事量や残業が多すぎる、顧客対応など時間外対応が頻発する、仕事の責任が重くて切り替え出来ない、通勤時間が長すぎる、などが挙げられるでしょう。これら個別事項の背後には、根深い3つの原因があると考えます。
原因1:自尊心が会社に依存している
一つ目は、人生の評価基準が「会社」に偏ってしまっていることです。誰にだって成功したい、満足する人生を送りたいという気持ちはあります。そして、SNSで煌びやかな生活やステータス自慢が溢れる社会の中では、稼いだもの勝ち、出世したもの勝ち、負ければみじめという思い込みがあると思います。
そうなると、自尊心も会社での評価に依存していきます。会社の評価を、いつのまにか「自分という存在の価値」だと錯覚してしまうのです。こうなると、会社での評価に固執し、しがみつき、無理難題にも応えなくてはという錯覚にとらわれ、人生が仕事に侵食されることが当たり前になってしまいます。



やや特殊なデータですが、全米家族研究所の調査によれば、アメリカでデイトレードを行っている若者の64%が「自分を落伍者と感じている」と回答しています。
分析の角度は色々あるでしょうが、一獲千金のためにリスクある市場で闘う事を選ぶのには、現代社会の金銭中心主義が影響を与えているという事はできるのではないでしょうか。
原因2:「動く余力」が奪われている
二つ目は、シンプルに疲れすぎていることです。「疲れて新しい活動をする気力がない」という方は多いと思います。変わる気力が湧かないのは意志の弱さではなく、余力そのものが枯れている状態だからです。
私自身、かつて一人で新規事業を任され、国への届け出や申請作業に追われ、財務諸表やキャッシュフローを一から作りながら、時には夜中の3時まで残業する日々を過ごしたことがあります。家がやや遠かったこともあり、帰宅は早くて9時、だいたい10時。平日は仕事以外に何もできませんでした。
プロジェクトはなんとかゴールにたどり着きましたが、私の体力とメンタルはかなりすり減っていました。結果、私はやや体調を崩して、より就業条件が良い会社への転職を選びました。過度な残業はドーピングのようなもので、長い目で見れば本人にも会社にも大きなツケを残す——これは、身をもって感じたことです。
原因3 ブレない軸が無い
業務量をコントロールすることは不可能ではありませんが、どうしても組織内での調整が必要になります。この意味で、自分の意志ですぐに変えることが難しい領域と言えます。この点、自分の心の在り方を見直し、少しでも楽になるあり方を選択することは、即時性を持ちうる対策と言えるでしょう。
私も含めて、人間は弱い面をもつ生き物です。本来必要のないはずの重荷をしょい込んだり、無駄なプライドや欲に捕らわれて負のループに陥る。他人が羨む人生を目指して、いつしか本当の自分は置いてけぼり。他人の人生を生きようとしている限り、その人が心からの満足感を得ることは難しいのではないでしょうか。
毎日を取り戻すための、5つの具体策
ここからは、実際に何をすればいいのかをお伝えします。大事なのは、一気に全部やろうとしないことです。疲れているときに「あれもこれも」と広げると、それ自体が新しい負担になるからです。読みながら「これなら少しできそう」と思えたものを、まず一つだけ選んでみてください。
1. 「自分の価値は仕事だけじゃない」と思い出す
一番大事なのは、やはり心の持ちよう、マインドセットだと思います。仕事で評価されない状態が続くと、「自分はみじめだ」と思ってしまうかもしれませんです。でも、基本的には会社は赤の他人が創り出したもの。あなたはそこに間借りしているにすぎず、あなた自身の価値が会社に否定される謂われはありません。
会社では歯車となることを強いられ、部品としての適性や能力を評価されます。その評価が思い通りのものでないとしても、思い悩む必要はありません。会社が見ているのはあなたという存在のうち、ごく少ない部分だけです。気に入らないことを言われたとしても、受けながすことが大事と覚えておきましょう。
2. 運動で、心と体を整える
「疲れているのに運動なんて無理」「運動なんてガラじゃない」と思った方こそ、おススメしたいです。私もそう考えていたタイプの一人だからです。しかし、思い切ってジムに入会してみたら、個人の体感として、日常が大きく変わりました。今では週に5回程度はジムに通い、心と体を整えています。
かつて残業続きで疲弊していた私は、仕事終わりはなんとなく動画を見て一日を終える生活を繰り返していました。睡眠不足にもつながり、日中のパフォーマンスも落ちていたと思います。今では適度に運動をし、お酒も付き合い以外は飲んでいません。日々の心の在り方も、より活力があるものに変わったと思います。



私は複数のジムに通った経験があります。少し高めの総合型フィットネスジムなら、レッスンで人との出会いも多く、人間関係を広げられます。個別ジムなら、ひたすら筋トレに励めますね。
後はシンプルに、体が理想に近づいていくのが嬉しいです。私はもともとやせ型でしたが、最近は少しだけマッチョに。体が大きくなると自信もつきますし、本当に運動を始めて良かったです!
3. 通勤時間を自分のための時間に変える
平日が仕事で埋まっていると、「新しいことを学ぶ時間なんて取れない」と感じます。しかし、毎日の通勤時間を活用できないでしょうか?通勤時間のダラダラとしたネットサーフを止め、自分へ投資する。デジタルブック、オーディオブック、UDEMY等のプラットフォーム。利用できるものは沢山あります。
私も、通勤電車の中で本業に関わる勉強ができるように、タブレットを買いました。ネットスクールに申し込み、新しい学習も始めました。学んでいる内容は、興味ある分野であり、かつ市場価値の高い分野を選びました。勉強を続ければ会社での評価アップのほか、将来的な転職や独立すら視野に入るかもしれませんよ。
4. 「会社以外の顔」を持てる場所を見つける
趣味のサークル、社会人の勉強会、地域の活動、はたまた副業——形は何でも構いません。会社でもプライベートでもない「第三の居場所」が、人生の物差しを一本増やしてくれるのです。最近は「サードプレイス」という呼称で起業等をススめる本もありますね(とても面白い本でした)。
そこでは、あなたは〇〇係長ではなく、一人の仲間として扱われるはず。会社で嫌なことがあっても、「でも、あっちでは楽しくやれている」と思える場所があるだけで、平日の重さはずいぶん軽くなります。その場所ではよりフラット、自然体な自分でいられるはずで、本当の自分を取り戻すよい機会になります。
5. 読書で先人の知恵を借りる
自分にとって理想的な生き方を模索する中で、最も有効な手段の一つは読書です。私自身、ブックオフ等で様々な本を購入し、自分にとって理想の在り方を考えてきました。有名どころですが、「道は開ける」、「七つの習慣」、「嫌われる勇気」、「幸せになる勇気」などは一読の価値があると思います。
読書で先人の知恵を学んでおけば、会社のなかで低く評価されたり、軽く扱われたりしたときでも、動揺しにくくなる術を備えておけます。例えば「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」と言う言葉。やや思い上がり気味のため口に出すのは避けるべきですが、心の中で動揺を抑えるための手法としては有効だと思います。



言うまでもなく、私も弱い人間の一人です。泣いたり、落ち込んだり、悲しんだりすることは沢山あります。だからこそ、読書によって先人の知恵を借り、自分の人生を整えるすべを学んできました。


動くことで見えてくる世界
自分自身でいられる時間が増えてくれば、状況は改善していく可能性があります。例えば、会社が押し付けてくる価値観に縛られていた自分に気づけるかもしれません。会社が押し付けてくる理不尽に理を持って反論できるようになっているかもしれませんし、軽く受け流すことも出来るかもしれません、
自分の人生の軸を取り戻し、譲れない一線を引き直すのです。自分にとって何が大事かを自覚することで、日々の中で受け流すべきこと、避けるべきこと、闘うべきことが明確になります。まずは社内での解決を目指すべきで早急な決断は避けるべきですが、状況が改善しないならば転職も選択肢に入ってくるでしょう。
さいごに
現代社会では、大人になることは賢くなること、「人生とはこういうものだ」と理解することだと言われている気もします。しかし、私はそれを諦念と呼んで距離を置き、理想の人生に向かって動いていたいです。だからこそ、立ち止まって「これでいいのか」と考えることは、とても良いことだと言えると思います。
自分でいられない毎日を、「自分でいられる毎日」に変えていく。その第一歩は、想像よりずっと小さくて構いません。小さな選択の積み重ねが、いつか「自分の人生を生きている」という実感につながっていく——私はそう信じています。だからまずは、あなたが今日から選べる一つを、見つけてみませんか。



